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2021 Spring and Summer Collection
BOSCH
2021 Spring and Summer Collection
CHAPTER
1
Inspiration from Thorvaldsen Museum
02
 今の世界がニューノーマルだとするならば、そこに倣わなければみなアブノーマルというレッテルを貼られるのだろうか。マスクはイスラム女性におけるヒジャブの布よろしく、口もとは秘密めいた聖域となるのだろうか。アーチ状の廊下をゆっくり歩きながら、とりとめもなく、そんなことが頭によぎっては通り過ぎていく。
 デンマーク・コペンハーゲン。その人もまばらな美術館に、彼女はいくどとなく訪れている。今月なんてもう3度めだ。住まいとアトリエが一緒になったアパートメントからは、運河沿いに歩いて1時間足らずの距離。パートナーには、僕の自転車を使えばいいじゃないかと驚かれるけれど、ひとつのことをきっちり深く考えるには、それくらいの時間の確保が必要だった。だからスマートフォンも置いて出る。
 18世紀から19世紀にかけ絶賛され生きた、デンマークの彫刻家トーヴァルセン。ここはイタリアのローマにいた氏が凱旋帰国したのち、敬意を熱意を込めて作られた美術館だ。
 ここに来るとOL時代、初めて行った北欧の旅を必ず思い浮かべる。あちこちにある広場の真ん中に、凛々しくも有機的なフォルムで佇む彫像。その美しさと崇高さに心蕩け、しばし朦朧としたあの瞬間を。
03
 彼女はもともと、家電メーカーに勤める企画職だった。ただ決められたことに沿って、言われるがままに計画を立て、寸分の狂いもなくその通りに動かすことに、全神経を尖らせる日々を送っていた。
 ある日、自社の製品にAIを導入するプロジェクトを任された彼女は、関連書を読み漁った。最初は仕事のためだった。が、ある本と出会い、それは自らの人生のためとなった。
 その本は「AIは人を幸福にしてくれるのか」というテーマで、以下のようなことが書かれていた。
   “わたしたちの多くは、いまやスマートフォンやPCがないと、ほとんど考えることすらできない。アレクサに語りかけて様々な電気製品を起動させ、アマゾンがレコメンドするものを買い、グーグルマップが示すルート通りに動く。そんななか、どれだけ自らの意志で行動しているのかと考えると、はなはだ疑問になってくる”
 そんな人が機械に従う時代の中で、未来永劫、決して人だけにしか持ち得ないもの。それは好奇心、そして自由意志だというのだ。
 彼女は本を読み終えると、すぐさま会社に辞表を出した。そしてデンマークに留学し、アーティストとしての道を歩み始めた。無謀だと周りに忠告されながらも、すでに2年の月日が流れていた。
06
 彼女は本を読み終えると、すぐさま会社に辞表を出した。そしてデンマークに留学し、アーティストとしての道を歩み始めた。無謀だと周りに忠告されながらも、すでに2年の月日が流れていた。
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 その日も美術館は相変わらず、悠然とした空気が流れていた。もう何度となく目にした人の彫刻があまた展示されている。
 ローマ・ギリシャ時代の神々や、何かを成し遂げた人たちの雄姿を彫り込み、永遠に残そうとする。その祈りにも似た発想自体がすでに素晴らしくロマンティックだけれど、さらに心動かされるのは、芸術において「人の姿形」が最も重要なテーマであると、何千年も前から決定していたことだった。
 どれほど遠くいにしえの時代であっても、人の姿形はついぞ今と変わらない。ここに居並ぶ彫像たちが、その確固たる証だった。男性のメリハリある筋肉の起伏も、女性のたおやかで滑るようなシェイプも、馴染みのあるそれだった。ただ大きく異なるのは、身に付けているものだろう。
 彼らは一様に裸、もしくは簡易な布を纏っていた。簡易とはいえ重ねていたり、ウエストをベルトでマークしていたり、たくし上げて束ねていたりと、人によってさまざまなアレンジがなされていた。だけどおしなべて言えるのは、ドレープの美しさ。ある一瞬の動きから自然に生まれる生地のたるみ、ひだの重なり。トーヴァルセンは、そこにフェティシズムを感じていたに違いないと思わせる綿密さで再現されている。
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 もともと芸術的である人の姿形が、布を纏うことによってさらに複雑に、優美に見せている。その事実は、彼女をいつも震えるほど感動させる。
 また彫像の色といえば白を思い浮かべるけれど、古代ギリシャ時代に作られたそれは、もともと彩色されていたことが分かっている。目の前の作品に、色が付いていたなら何色だろう。イメージをふくらませるのも、楽しみのひとつだ。
 そこで彼女はふと、建物に目を向けた。古代ギリシャ時代に流行ったポリクローム様式の装飾で、多彩色なのが特徴だった。明るめのキャメル、サックスブルー、イエロー、グレイッシュなミントグリーン……とりどりの色が配されていながらも、決して華美ではなく、どこかシックなムードをも漂わせた。
 それは、彼女のインスピレーションを刺激した。もしも……そう、もしもこの建物の持つ色彩を布に染め、身に纏うことができたなら。ゆったりとしたドレープを作りながら、颯爽と歩くことができたなら……。
 彼女はくらくらするほどの好奇心で、胸がいっぱいになった。それは、初めての旅で感じたあの感じと、どこか似ていた。
 それは、彼女のインスピレーションを刺激した。もしも……そう、もしもこの建物の持つ色彩を布に染め、身に纏うことができたなら。ゆったりとしたドレープを作りながら、颯爽と歩くことができたなら……。
 彼女はくらくらするほどの好奇心で、胸がいっぱいになった。それは、初めての旅で感じたあの感じと、どこか似ていた。
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Art Direction and Design Yoshihide Uchida
Photography YUKI KUMAGAI
Stylist ARISA TABATA
Hair and Make-up SHINYA KAWAMURA
Model ALISHA
Writer MitsuHARU Yamamura
Web Noboru KUHARA